デバイス情報は「シュレーディンガーの猫」の夢を見る:無数のプロセスとひとつの結果

1
飲んだ後、ラーメンが食べたいと友人が言った。モバイルで探した。あ、これマイクロモーメントじゃん、とか思いながら。「買いたい」が生まれ、その欲望の達成のためにスマホを使う。いまやあらゆるDecisionの近くにスマホがある。
で、それには触れないで、様子をみていた。友達は食べログで入念に調べて、幾つかの候補を出し、良さそうなのに、決めた。友達の「買いたい」はGoogleの検索、食べログ、食べログのページ、と動いた。食べログはその欲求の近くに便利な形でそっと寄り添った。
2
その前の居酒屋を決めるまではもっとカオティックだった。街を歩き回り、あれにしようか、やめたを繰り返した。というか、「何が食べたいの、いやー特段ないね、あんま高くつくのは勘弁だよね、ていうか客引き多いな、客引きは罠の可能性を感じさせるよな」とグダグダだった。で、なんとなく通りすがりで店を決めた。
その店に行ったのはたまたまだ。
※この方法は多くの人から嫌われる印象だ。多数派にとって物事はこうこうこうであるべき、という想定(期待効用))が意味をなし、最低ラインを下回るとがっかり、あるいはキレる。ぼくはこういうケガをしないことはどんどんギャンブルしたい。不確実性こそ生き物としての喜びだ。
3
映画「Ex Machina」では、Avaという人間そっくりのアンドロイドのヒロインが出ている。主人公とヒロインともどもアンドロイドであることがほのめかされた、ブレードランナーを思い出す。
Googleっぽい巨大テック企業のCEOは、Avaの心を成長させるために世界中のスマートフォンのカメラを通じた情報を手に入れていると明らかにする。それはクレバーなやり方だ。そしてスマホを持つことで、自ら24時間の監視を可能にしている、というモバイルを使う人間の不安をかき立てることでもある。
そのCEOはスマホのデータで人間の感情をビルドアップできると信じているようだ。
4
今度はデバイスから得た情報をもとにしたターゲティング広告を検討しよう。David Sasakiは「『パーソナライズされた広告』はバカバカしい」と指摘している。Sasakiがニュースサイトで見せられた、パーソナライズされたストーリーがかなり彼の関心を外したものだった。ニュースサイトのレコメンドはデモグラフィック、IPアドレス、サードパーティデータを利用したものにもかかわらず。

Facebook and Twitter both allow advertisers to target based on a person’s location, demographics, interests, shopping habits, friends, employment, relationship status, political affiliations and more. So why do I see such crap, irrelevant advertisements?

Facebook,Twitterは位置、デモグラフィック、関心、ショッピング習慣、友人、職種、リレーションシップステータス、政治的態度などのデータに基づいたターゲティングを広告主に許容している。じゃあ、どうして、私は低品質で無関係な広告をみることになるのか。

medium.com

5
デバイスから得られる情報は限定的なものだ。もっと言えば、プロセスを失った結果に過ぎない。人間の行動が現れるまでにはプロセスがある。無数の可能性からそれを選んでいる。もし細かな粒のひとつが異なれば、結果の行動は違うことになる。
シュレーディンガーの猫と同じ状況に陥っている。

f:id:taxi-yoshida:20160214122817p:plain

Via Wikipedia

私たちは起こったことしか知らない。起こったことで世界は変わっているから、起こる前の世界については知らないままだ。起こったことからは、消え去った無限に近いプロセス、並列的な状況について詳しく知ることはできない。
6
将棋はシュレーディンガーの猫のような状況を考える最高のモデルだ。将棋は1手80手の選択肢がある。どんどん枝分かれしていく選択肢の向こうを予測して、最適なものを選ぶ。結果として現れるのはひとつだけど、結果として現れない、実現しなかった現実は莫大な数ある。プレイヤーの考えが少し変わったり、エアコンの調子が変わったりするだけで、結果は異なるだろう。

将棋は手番を交互にやるし、棋譜が残るので、容易に本譜ではない局面に遡って調べることができる。だったらすべてを解明できる気がするけど、実際にはわからないことだらけなのだ。王将戦第二局の終局直後、郷田王将はこう話している。「細かいところが分からなかったですね。ちょっとした違いで、すべて変わってくるので、考えた結果、よく分からなかったです」

7

行動を追うだけで人間の思考を再現できるとは言えない。行動だけでは人間は解明できない。あまりにも歯抜けだ。行動ターゲティングのような概念は本当に氷山の一角をみているようなものだ。

条件付けして、がっちり狭めて、やっと少し予測することができる。アマゾンやネットフリックスはその人が興味ありそうな作品群をまあまあ提案できる。でも、これらも人間を愚かにしている気もする。

でも、条件付けが奪われ、フリースタイルになると、こと居酒屋の選択ひとつとってもギャラクティックな動きを認められる。

行動に基づく人間へのアプローチはうぬぼれが過ぎるのだ。シュレーディンガーの猫に囚われている。ある特定の行動は、一つの結果に過ぎないからだ。スケールが小さい、細々とした勝ちゲームはあるかもしれないが、それはあんまり愉しくない、よな。

Takushi Yoshida

起業家&デジタルビジネスアナリスト。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。ジャカルタで政治経済記者。APEC、ASEAN首脳会議でTPP、ASEAN+3などの地域経済統合をリサーチ。帰国後、米デジタルマーケティングメディアDIGIDAY[日本版]立上げ参画。2017年10月テックビジネス戦略メディアAxionを創業。

こちらもご覧ください。

人気の投稿

コメントを残す